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武蔵の歩んだ道 NO15 「姫路の巻 」 その3

武蔵の歩んだ道を、引き続きUPしていきます。

武蔵の生涯の師 沢庵和尚が、姫路城で暴れん坊の武蔵を諭しました。

「書物は、いくらでも見よ。古の名僧は、大蔵に入って万巻を読み、そこを出るたびに、少しずつ心の目を開いたという。 (中略) ここを暗黒蔵として暮らすのも、光明蔵として暮らすのも、ただおぬしの心にある」

3年の間、武蔵は「開かずの間」にこもって、孫子などの古の書物を読破したそうです。
武蔵、二十一回目の春でした。

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「桜の姫路城」

姫路城は、「平成の大修理」のため、来春から覆いがかけられます。
残念ですが、5年間、この景色はみられません。


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「ミスお城の女王」

美女に見える条件は、夜目・遠目・傘の下だそうです。
昼間です。
本当に美しい方々が、皆様を「世界の姫路城」へとご案内いたします。
どうぞ、ご登城ください。

天守閣を3方向から撮りましたので、UPします。

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東側から撮影

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正面から撮影

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西側から撮影

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「居館跡」

当時の城主は、池田輝政公でした。

写真右上は、居館じゃなくて「厠」です。

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「開かずの間」

武蔵が幽閉されたとの表示は、どこにもありませんでした。
吉川英治先生の創作の成せる術です。

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「天守を支える柱」

歴史の持つ風格が、あります。

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「鯱鉾」

りっぱな鯱鉾です。
飛んでるようにも見えます。

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「飾瓦」

七五三の桐でしょうか?

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破風飾りかな?
ハートの切り抜きが面白い。

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「西の丸」

天守閣より、西の丸を望む。

将軍徳川秀忠の長女悲劇のヒロイン「千姫」は、政略結婚で豊臣秀頼に嫁ぎました。
大阪城落城後、本多忠刻に再嫁し、姫路城西の丸で幸せな日々送りました。

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「カニーラとナシータ」

ナシータ:「やぎさん、漆にまけて大変みたいよ」
カニーラ:「負け負けのやぎさん、ランキングも落ち目だから、皆さんポチしてあげてね。」

やぎ:「ありがとう。次回も頑張ってUPするから、よろしくね!」
    「チャオ!」

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トラックバック一覧

コメント一覧

#2070 NoTitle
落ち目なの?(笑)
・・・で、どれが女王ですか?やぎ王子。
#2071 もっといい名を・・・
ベタでんなぁ~、キャラ名・・・   (笑

天守を支える柱は、樹種は何?
#2072 ユウ
睡眠不足の「憂き目」にあってる。
「お城の女王」と鳥取市と松本市の親善使節がきてはって、雨降ってたし、誰が誰だかわからなかった。

さぁ~お出かけ、ルン ルン ル~ンだ。
どこへ?
決まってるでしょう。
「漆退治」だ。(笑)
#2073 おは~
漆でどこかぶれた?
顔?原型とどめているぅ?
いい男が台無しだよ~
医者に行っておいでよ、素人が変な薬ぬっているともっとかぶれるよ。
#2074 ロンゲ さん
ケヤキみたいでした。

*天守の構造は、東西二本の心柱で支えられた五層六階地下一階の七層の大天守と小天守3基(西・乾・東)で構成されています。
#2075 さ~ちゃん
カイカイの快感で、眠れなかった。
1週間してから、まけた。
今から病院に行く。
お岩さんみたいな顔で!(笑)
#2077 漆かぶれ
医者に診てもらうってことは大変な状況のようで!

漆にかぶれた場合は、ワラビの根を煎じた汁、煮た沢蟹の汁を患部に塗る民間療法がある。

さすがのやぎさんでも負けるものがあったのか!
破れかぶれにならないように(笑)

#2078 NoTitle
あぁ~折角のお城が・・・
キャラクターのせいで・・・勿体無い!

 漆カブレ!早く病院!
マ~は塗り薬より飲み薬が効いた!(笑
 ほぼ完治!
#2079 NoTitle
<(*ΦωΦ*)>ニャwww
#2081 NoTitle
姫路城の武蔵の、姿を見て文武両道の、武士という感じを持ちました。
関が原の戦いに参加、徳川勢に追われたことを思うと、仕官の道を絶たれた事が、武蔵を剣と学問の世界に生きることに成ったのでしょうかねー。!☆
#2082 ただいま
坂やん
民間療法ありがとう。
今後の参考にする。

病院に行って、飲み薬と塗り薬で、あっと言う間に治ったような気がする。(笑)

m.okusama さま
「楽笑一如」の旅だから、必ず笑いを入れてる。
本当は、武蔵も「やじきた」の旅がしたかったみたいだ。

れんげ ちゃん
> カ (*Φ~Φ*) ニ < 
食べたい!

荒野鷹虎 さま
吉川英治先生が小説「宮本武蔵」を書いたのは、第2次世界大戦の最中で、国威高揚の制約の下で執筆している。
今であれば、笑いあり、恋あり、涙ありのもっと自由で大胆な展開になっていたと思う。
大衆小説を目指していたのだから・・・
#2083 NoTitle
とりあえず
只今ぁぁぁぁアぁ!!!
#2084 先生
お帰り。

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